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最高裁判所第二小法廷 昭和41年(あ)2123号 決定

本店所在地

福井市元町八二一番地

株式会社前島商店

右代表取締役

前島万太郎

本籍

福井市佐佳枝中町八四番地

住居

同市佐佳枝町三丁目一四一三番地

株式会社前島商店代表取締役 前島万太郎

大正三年一月二三日生

右法人税法違反各被告事件について、昭和四一年七月二八日名古屋高等裁判所金沢支部の言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人井田英彦、同小酒井好信の上告趣意は、違憲をいう点もあるが、その実質は、事実誤認、単なる法令違反の主張であり、なお、判例違反をいう点は、原判決は何ら所論引用の判例に反する判断を示していないことが明らかであるから、前提を欠き(被告人の所論質問顛末書および検察官調書につき任意性を疑うべき証跡は認められない。)、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。また、記録を調べても同四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて、同四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 色川幸太郎)

○昭和四一年(あ)第二一二三号

被告人 株式会社 前島商店

代表取締役 前島万太郎

同 前島万太郎

弁護人井田英彦、同小酒井好信の上告趣意(昭和四一年一〇月二五日付)

第一点 原判決は判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり著しく正義に反するから破棄せられたい。

(一) 原判決は本件被告会社の事業所得につき、公訴事実中 藤田定信名義普通預金並びに同預金利息に相当する売上除外を排斥した外、その他の架空名義預金をそのまま売上除外と肯定せられた第一審判決を支持せられ、弁護人両名が控訴趣意書第一点において主張した、原判決の認定にかかる架空名義普通預金、定期預金及び定期積金等は、いずれも被告人前島万太郎及び同人の実弟である前島宗市の個人所有資産であるとの弁解を、単に次の六点の理由をもつて排斥せられている。

(1) 被告人株式会社前島商店(以下単に被告会社と略称)が公表売上金を福井銀行佐佳枝支店に普通預金として毎日預入する都度、同一機会に右支店へ預入されたものであること。

(2) 架空名義であること。

(3) 右架空名義普通預金は公表売上金と並行して小口の現金で毎日入金され、一回、一口の入金額は概ね二、〇〇〇円から一〇、〇〇〇円を超えるものは少く、銀行の休日の翌日には概ね平日の倍額が入金されていること。

(4) 右架空名義普通預金の預入額は被告会社の駅前店及び大名町店の公表現金売上高の多寡に、ほぼ比例しており日曜日等銀行の休日の翌日の預入額は平日のそれの概ね倍額となつていること。

(5) 年末年始に被告会社の売上高が著しく上昇しているのに対応して右架空名義普通預金の預入額も、その頃著しく多くなつているし、現金売上の多い駅前店の預入額が、売上の少い大名町店のそれより多くなつていること。

(6) 右架空名義預金の何れかの分が被告人前島万太郎のものか或いは前島宗市のものか分明でないこと。

(二) 然しながら被告会社の設立当時の財産状態は、第一期事業年度(昭和二八年一一月二五日以降同二九年五月三一日)の営業報告書の貸借対照表によつて明らかなごとく、設立直後の昭和二九年五月三一日現在、手許資金を殆んど営業用固定資産である土地及び建設仮勘定(いわゆる建設途上の建物勘定)に投入し、流動資産としては僅かに現金預金二八、一一五円を有していたに過ぎず、然かも右現金預金勘定の内訳は、前記営業報告書中包括科目内訳明細に明らかなごとく手許現金一〇、一二三円を除くと三和銀行普通預金一四、〇二七円並びに福井銀行佐佳枝支店普通預金三、九六五円の極めて零細な普通預金より構成されていたに過ぎない。

他方、右資産を取得した資金の調達源泉は、被告人前島万太郎及び同人の実弟前島宗市の払込出資金(資本金)四八〇万円及び福井銀行佐佳枝支店からの借入金二五〇万円、被告人前島万太郎からの借入金五八万円、前島宗市からの借入金五八万円、その他三名からの借入金合計金一、〇九九、〇〇〇円、以上合計金四、七五九、〇〇〇円によるものであることが明らかである。

このようにして被告会社は、設立当初から福井銀行佐佳枝支店に対し、担保となる何等の預金も設定することなく、金二五〇万円の借入をなし、その後被告会社の起訴対象事業年度についてこれらの関係を観察すれば、

(1) 昭和三二年五月三一日現在の被告会社の貸借対照表及び精算表によつて明らかなごとく、被告会社は駅前店及び大名町店において、それぞれ独立採算制を採用しているところ、被告会社は福井銀行佐佳枝支店に対し、大名町店において普通預金一二六、一三九円を、駅前店において普通預金二七一、七三六円及び当座預金五〇九、七三七円、以上合計金九〇七、六一二円を有している以外は何等の定期性預金も有しないにも拘らず、借入金は、大名町店金三〇万円、駅前店金一五、一八三、〇九二円、以上合計金一五、四八三、〇九二円及びその殆んどが福井銀行佐佳枝支店からの借入金に依存していたものであり

(2) 昭和三三年五月三一日現在の被告会社の貸借対照表及び精算表によつて明らかなごとく、被告会社は福井銀行佐佳枝支店に対し、大名町店において普通預金七一〇、一九七円を、駅前店において普通預金四八一、二二九円(当座預金は借越金九八、五五六円が発生しかえつて負債勘定となつている)

以上合計金一、一九一、四二六円を有している以外には、何等の定期性預金も有しないにも拘らず、借入金は大名町店金二〇万円、駅前店金一七、二〇三、〇九二円以上合計金一七、四〇三、〇九二円に及びその殆んどが福井銀行佐佳枝支店からの借入金に依存していたものであり

(3) 昭和三四年五月三一日現在の被告会社の合併貸借対照表によつて明らかなごとく、被告会社は福井銀行佐佳枝支店に対し、大名町店において普通預金九六、三二八円を、駅前店において普通預金二五七、五一三円(当座預金は借越金二〇〇、一四二円が発生し、かえつて負債勘定となつている)

定期積金四〇三、九〇〇円、以上合計金七五七、七四一円を有するに過ぎなかつたのに借入金は大名町店金二〇万円、駅前店金一六、九四二、六九六円、以上合計金一七、一四二、六九六円に及びその殆んどが福井銀行佐佳枝支店からの借入金に依存していたものである。

以上のように、被告会社は設立当初より代表取締役前島万太郎及び実弟前島宗市の個人的資力と経済的信用によつて福井銀行佐佳枝支店より多額の借入を受けていたことを物語るものであり、通常市中銀行が所謂歩積、両建預金を徴求し、担保として要求する拘束預金(定期性預金)が数十パーセントに及ぶことは、銀行取引において公知の事実であることに鑑み、本件の場合預金と借入金の比率が極端に低いことは、被告人前島万太郎及び前記前島宗市の個人資産の富裕なことを取引銀行である福井銀行佐佳枝支店が実証したものに外ならない。

(三) 原判決が指摘する架空名義預金が被告会社に帰属するとの論拠中

(1) 被告会社が、公表売上金を福井銀行佐佳枝支店に普通預金として毎日入金する都度、同一機会に右支店へ預入されたことは事実であるが、これは原審において立証を尽しているとおり、前島万太郎、前島宗市がそれぞれ個人営業を株式会社前島商店に譲渡し、廃業するに至つた昭和二九年末頃迄に留保された棚卸資産の換価金及び手許現金の内、投資信託、投資等で運用した残余の剰余金並びにこれらの売却代金を日掛普通預金に預け入れたものである。

即ち、これらの日掛普通預金は、右両名の個人的資力と経済的信用に着目した福井銀行佐佳枝支店の強力な預金勧誘と、被告会社が右銀行から多額の借入金をなし、殆んど見返りとなる預金を有していないことから、開始されるに至つたものであり、右架空名義預金は、被告会社の実際の開業時期が昭和二九年末頃であつたこと、被告会社は設立当初から資金の全額を土地、建物の固定資産設備に投下し、商品仕入代金その他の支払資金の決済のための運転資金を持たなかつたこと、仮りに売上除外を行なつていれば仕入代金の決済のための資金繰りが不可能となる等の諸点からも、被告会社において預入れることは困難であつて、前島万太郎、前島宗市の両名において預入れたものであるから、これらを被告会社の売上除外金と認定することは不当である。

(2) 架空名義で預金したことについては、前島万太郎及び前島宗市が供述しているごとく、個人資産を明らかにしたくないという思慮と銀行が預金獲得競争においても預金者の思慮に迎合する傾向、更に熱心な指導によるものであることは明らかであつて、架空名義預金の故をもつて、直ちに被告会社に帰属すべきものと断言することはできない。

(3) 右架空名義普通預金は公表売上金と並行して小口の現金で毎日預入れられ、更に銀行の休日の翌日に倍額が預入れられていることについては、日掛普通預金の形態上通常行なわれる慣行であつて、一回一口の入金額は前島万太郎及び前島宗市の手許現金の運用状態並びに剰余金の有無によつて金二千円乃至金一万円位の変動があつたことも何等、右架空名義預金が被告会社の売上除外と認定する根拠となりえない。

(4) 右架空名義普通預金の預入額が、被告会社の駅前店及び大名町店の公表現金売上高の多寡にほぼ比例しているとの論旨については、証第一六号乃至二二号の金銭出納帳によつて検討しても何等比例関係は認められないし、被告会社の日々の現金売上高と架空名義預金預入高とも比例しないことは明らかである。

原審は、大口預入分及び端数のついた入金分を明確な根拠も不明のまま不明入金と称して恣意的に除外し、その余の現金預入額の一カ月間の集計をもつて、一カ月間の現金売上高合計額と対比してほぼ比例する旨、論じているが、かかる比例関係は認められず、仮りに比例関係が成立するとしても、日々の関係で明確に成立するのでない限り売上除外の判断資料としては根拠となり得ないものである。

(5) 年末年始の繁忙期に架空名義普通預金の預入額が増加していることについては、季節的に役員賞与その他臨時手当の入金や投資資産の換金による手許剰余金があつたことによるものであり、後述するごとく年末年始の短期間の現金売上高と預金額とが比例する旨の主張は余りに恣意的、短期的な期間設定であつて、無作為抽出によるべき統計的手法からも背離し、売上除外認定の資料とはなり得ない。

(6) 右架空名義預金の持分、帰属については、前島万太郎が査察当時から供述しているごとく両名が協議のうえ各二分の一宛を預入れていたものであつて、決して不明確になつていないのである。

(四) 原判決は、前島万太郎及び前島宗市が活牛馬の仕入決済に現金を必要としたにしても、六、七百万円もの多額の現金を常時手許に保留しておく必要があつたとは、とうてい考えられない。

また商人である被告人等がこのように多額の現金を数年間、いわゆる「タンス預金」として無利子のまま遊ばせておくということも通常考えられないと論じているが、活牛馬の仕入が現金の即時決済によつて行なわれていたことは証人宮森太郎、被告人前島万太郎の供述によつて明白であり、休日等に即時、時宜に適した仕入を行なうため、常時、数百万円の現金準備を必要としていたものであり、常時手許に置くことを不必要とした部分は、投資信託、電話債券、架空名義通知預金等に運用していたものであるから、「多額の現金を数年間、いわゆるタンス預金として無利子のまま遊ばせていた」のではなく、原審の論旨は単なる推論をなし、被告会社の仕入の特殊性、重要性に対する考察と、仕入代金決済についての慣行に関する理解を欠いた結果、重大な誤認を行なつたものといわなければならない。

日掛普通預金に預入れられたのは、個人資産の運用後生じた日々の剰余金であつて、これらの預入額を税務当局から秘匿する目的で架空名義にして預入れを行なつたものであるにすぎない。

(五) 天狗中田産業株式会社と被告会社間の取引については、売上帳写(二八三七丁以下)にみられる買掛金債務金八〇万円について現在に至る迄何等の請求も催促も受けていないのであり、証人宮森太郎、被告人前島万太郎の供述並びに株式会社北陸家畜取引所(後に天狗中田産業株式会社に変更)作成にかかる計算書を対比すれば、被告会社が決済資金に不足し、前島万太郎、前島宗市において一時立替支出し、その後返済を受けて手許現金として還流した経緯が明らかに認められるのであつて、原審が証人嶋崎茂雄の供述のみを採用しているのは採証法則に重大な誤りがあり、著しく不当である。

(六) 被告人前島万太郎が昭和三五年四月二八日附若宮俊一に対する質問顛末書及び被告人の昭和三五年七月二七日附検察官調書において、架空名義普通預金中の二分の一、若しくは三分の一位は売上金から除外して預入れたものである旨自白している部分は、査察官の強圧的、誘導的、理詰めの取調に対し、このまま査察が永びけば過労により自らが倒れるか、或いは企業倒産に陥るのではないかとおそれ、真実は後日明らかになると信じて、一時の感情で「二分の一」と述べたものであり、右質問顛末書にもその根拠は供述されていない。

また右検察官調書においても、右同様の趣旨で「三分の一」と供述したものであり、右自白にはいずれも任意性がない。

右自白を証拠とした原判決は訴訟手続に法令の違反があり、その違反は判決に影響を及ぼし、著しく正義に反することは明らかである。

右任意性を欠く自白を証拠とすることは、最高第二小法廷判決昭和三〇年一二月二六日裁判所時報二〇〇号二〇頁に違反し破棄せられるべきである。

(七) 逋脱所得の有無の判決において売上総利益率、売上純利益率等の比率分析は極めて重要な要素となりうることは、「利益増減原因分析法の税務への応用」と題する論文によつても十分これを肯定することができる。

勿論卸、小売の別、地域差、店舗の立地条件、経営規模について、その特殊性を明らかにするため、近隣の食肉業者の証人村田政治、同新谷長政の供述、昭和三七年一月一七日附福井税務署長回答書(一二二九丁)を綜合すれば、証入村田政治の所謂A店の利益率は被告会社のそれよりも低率であり、更に中小企業庁の調査にかかる中小企業経営指標(食肉業)、経営分析比率速報等の客観的な権威のある比率に対比しても被告会社の売上除外を認定することは誤認である旨を主張したにも拘らず、原審は、「一般的に言つて申告納税の場合、納税者が申告する所得は実際所得以下に過少に申告されることは当然考えられるところである。これに対し本件の被告会社の場合は、強制力を伴う厳重な査察によつて調査された結果から算出された数字に基くものであるから、その面に相当の差異が生ずることは当然と言わなければならない。」と述べこれを排斥せられている。

然し乍ら終戦後、租税民主化を推進するため法人税その他直接税についても申告納税制度が採用せられ、納税義務者たる法人に税法の定めるところに従つて自ら課税標準および税額を計算し、その税額を自発的に納付させる建前となつたにも拘らず、当然に申告納税の場合と査察に基く税務調査を受けた場合とに所得計算上差異があるとする原審の判断は、税法の基本原理である租税法律主義、租税負担の公平に背離することは勿論、単なる推論、憶測に基くものであつて、著しく不当である。

(八) 原判決は、架空名義預金の存在、現金売上高と架空名義預金の増加率が年末年始においてほぼ比例すること、及び一カ月間の合計額においてほぼ比例すること並びに架空名義普通預金の内「二分の一」或いは「三分の一」売上除外分がある旨の被告人の自白を理由としてなされたことは明らかであるが、これらの理由の内、比例関係については余りにも恣意的手法であつて統計的意義を有しないのみならず、同様の預入額の起訴対象全期間の日々の対比によつても、かかる比例関係は認められないのである。

いかに合理的な推計計算をもつてしても近隣の所謂A店の売上純利益率が三乃至五パーセントであるのに、起訴対象事業年度における売上純利益率が七・一一パーセント、八・三四パーセント及び九・二五パーセントに及ぶことは自由競争経済社会において到底容認され得ないものであつて、架空名義預金を売上除外と認定した原判決は、採証法則を誤り、審理不尽により事実を誤認したものである。

第二点 原判決は憲法の解釈に誤りがあり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであり、原判決は破棄されなければならない。

(一) 原判決は、控訴趣意書第一点三に述べた利益率の著しい異常性に対し、原審の判決は第一点(七)に引用したごとく、申告納税をなし調査査察を受けなかつた場合と、爾後、調査査察を受けた場合とは当然に利益率(究極的には所得額及び税額)に差異を生じ、大となるものと論定し、これを原判決の論旨の基本として原判決がなされていることは明白である。

(二) これにより原審の右判断は、国民を、査察を受けたか否かの身分により経済的に差別するものであり、このことは租税公平の原則に反するのみならず、日本国憲法第一四条に規定する法の下の平等原則の解釈を誤り、国民を不当に差別するものであつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

(三) 更に、原審の右判断は、合理性のない推計により見積り課税をすることに帰着し、日本国憲法第三〇条に定める納税義務を超越するものであつて、日本国憲法第二九条の「財産権は、これを侵してはならない。」という不可侵原則の解釈を誤り、国民の財産権を不当に侵害するものであるから、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

以上

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